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留学マガジン

■書籍名:
グローバル社会で生き抜ける子どもに育てる方法
■著者:松久保朱美

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  • 海外留学体験談
  • 2017.07.06

迷っているのは「留学したい!」ってこと。語学留学したいと思ったら思い切って飛び込んで!|体験談-吉田 裕理さん

約10ヵ月間の語学留学を終え、ワールドアベニューの東京オフィスに立ち寄ってくださった裕理さん。
「まだ、日焼けの跡が残ってるんです…(笑)」とよく焼けた素敵な笑顔で体験談インタビューにお答えくださいました。実はすでにオーストラリアにワーキングホリデービザでの再渡航を決めていらっしゃるといいます。
留学前は、大手アパレル企業で、6年間、遮二無二働いていた裕理さんが、留学を決断し、ワーキングホリデーでオーストラリアへの再渡航を決断するまでに至った経緯とその体験の一部をご紹介します。

1、決断するのに要した時間はたった4日間

ボンダイビーチ
ホテル関係の専門学校を出て、大手アパレル企業に就職。就職してからは、もちろん大変なこと、苦しいこともたくさんありましたが、とにかく働くことが本当に楽しくて、遮二無二働き、ふと気が付いたら6年が過ぎていました。この6年間は、言葉通り仕事にすべてを捧げていました。ただ、一生懸命働けば働くほど、当然、いろんなことにぶつかっていきました。私が最終的にぶつかった壁は大きく2つあります。

1つ目は英語力、2つ目は上にいく覚悟 です。

1つ目の英語力について
もともと英語は大好きでした。小学校のころから好きで、専門学生時代もホテル関係の専門学校だったことから接客時に使うホスピタリティ英語を学んだこともありました。ただ、じゃぁ喋れるのかというと残念ながらそうではありませんでした。
前職では六本木の店舗で働いていたため、英語を流暢に話せるスタッフも多く在籍しており、特に私一人が英語を話せないことで業務に支障を来すことなんてありませんでした。ただ、周囲が英語でそつなく接客対応する姿に憧れとくやしさは常に感じていました。ときどき、「せめて最後の挨拶くらいは英語でしよう!」と思い、お会計の後に ‘Have a nice day!’ と言ってみるんです。でも、英語で話慣れていない私は、たった‘Have a nice day!’の一言すら噛んでしまって上手に話せないんです(笑)。はるばる海外から自分のお店を訪れてくれたお客様に、「ありがとう」の気持ちすら伝えられない歯がゆさがありました。

2つ目の、上に行く覚悟について
6年も働いていると、徐々に「店長にならないか」というお話しをいただくようになります。とてもありがたいお話しなのですが、どうしても、店長になるという覚悟を決めきれずにいました。
店長になるといっても、すべて自分だけの責任になるというわけではないし、支えてくれる周囲の体制も整っていました。「チャレンジしてみたら?」「大丈夫、思い切りやりなよ!」など、沢山、温かい言葉をいただくものの、どうしても決めきれなかったんです。

今思えば、英語力のことも踏まえ、人生の選択肢を広げきることなく、「やり残した」ことがある状態で、そこから先に進めなかったということなんだと思います。

人生一度きりなので、この機にもう一度今後のことを考えようと、その後のことは一切決めず(笑)、長年働いてきた前職を2015年12月、思い切って退職しました。
年末に仕事を終え、1月から3月の間は有休消化です。
この有休消化に入った瞬間、「留学に行け」と言わんばかりの事件が多発します(笑)。

1つ目は、久しぶりに再会した専門学生時代の友人は全員英語ペラペラだったこと。
2つ目は、勇気を振り絞って道を尋ねてくれた韓国人の子に、対応できなかったこと。
3つ目は、実際に英語力を活かして働いている友人から、「英語ができるだけで人生の選択肢が広がるよ」と言われたこと です。

1つ目の友人たちとの再会について
社会人になってからの6年間、まとまった休みなんて取ったことがなかったので、退職してすぐの1月、久しぶりに専門学校時代の友人と遊びました。私が卒業した専門学校は学校在学中にオーストラリアのメルボルン、またはアメリカのシアトルに留学できる制度があり、人によっては卒業後グアムのホテルで数年働いていた人もいました。結果、久しぶりに再会した友人たちは、英語を話せることが当たり前のようでした。

2つ目の外国人観光客への道案内について
新宿で友人と歩いていた時のことです。韓国人(おそらく観光客の方)に、道を尋ねられました。ただ、韓国語はおろか、英語でも適切な道案内ができなかった私は、本当に情けない気持ちと、申し訳ない気持ちになりました。異国の地、しかも新宿のようなごちゃごちゃとしたところで、道に迷い、さぞかし不安な状態で、勇気を振り絞って声をかけたにも関わらず、結局、声をかけた相手は英語ができず、無駄骨に終わってしまったんですから…。

3つ目の、友人からのアドバイスについて
英語力があるからこそ、今の仕事と出会えたという友人は、「英語力がある」というだけで、「就職・転職の幅、しいては人生の選択肢が広がるよ」とアドバイスしてくれました。
このアドバイスは、第一の事件、第二の事件と遭遇していた私にとって、留学を考えるに十分すぎるアドバイスでした。

仕事も人間関係も、本当に恵まれていて、自分自身、今までの人生、結構頑張ってきたなと感じていました。ただ、唯一の後悔は「留学しなかったこと」。このままではいけない!と、1月末に思いたって、留学に関する資料や情報を集めるためインターネットのサイトで一括資料請求しました。
このとき1番にお電話をくださったのが、ワールドアベニューの染野さん(留学カウンセラー)でした。
色んなお話しをいただき、いろいろと相談しました。結果、資料請求をした4日後に、留学を決断しました(笑)。

急きょ、留学を決断した形ですが、周囲からの反対はなかったんですか?

両親はもともと、「悪いこと以外ならなんでもどうぞ!」という人たちだったので、周囲といっても両親からの反対とかはありませんでした。幸いなことに、まだ父も母も元気だったので、家族を残していくことへの不安もありませんでした。
先述したように、仕事は辞めていましたし、6年間、ひたすら働いていたおかげで、留学するうえで必要なお金もありました。「留学できない」要素は何もなかったんです。

一括資料請求から情報収集を始めたとのことでしたが、ワールドアベニュー以外の会社を見ようとは思わなかったのでしょうか?

正直、留学会社がありすぎて、全部の話を聞くのはまず無理だな……と思いました(笑)。インターネットとかで口コミとかも見てみたけど、正直、いいことも悪いことも書いてあって(当たり前なのですが…)、しかも匿名とかなので、誰が書いているのかもわからないし、これまた判断材料になりません。
実は親戚が留学関係の仕事をしている方だったので、少し聞いてみたところ、「J-CROSS(留学サービス審査機構)※から認証を受けている会社なら安心」という話で、あらためてワールドアベニューを見てみたところ、ワールドアベニューはきちんと認可を受けていました。なので、任せて大丈夫かな?と(笑)。
※参照記事:留学エージェントとのトラブルを防ぐために。

最後の決め手は留学カウンセラーさんとの相性でした。担当してくださった染野さんが信頼でそうだったし、「グイ」っと引っ張てくれる感じも、私の性格にはとてもあっていました。
留学を真剣に考えた4日間、「ここで悩んだら、また留学しないで終わってしまう。それは後悔するな」と考えたと同時に、留学するうえでポジティブな理由を探し、その一つひとつのポジティブな理由を染野さんに膨らめてもらいました。最終的な決断は染野さんに背中を押してもらったという感じです。

オーストラリアの語学留学に決めた理由は?

特に、国や都市に強いこだわりは持っていませんでした。どちらかというと目的重視です。
今回の私の留学目的は「英語力の向上」で、とにかくちゃんと英語を勉強したいと考えていました。前職での仕事で、英語を使うシチュエーションはたくさんあったけど、英語力のなかった私は、結局、なんちゃって英語ばかり使っていて、6年働いたけど英語力は一向に伸びませんでした。したがって、ワーキングホリデーは英語ができない状態で行っても、ダメだろうな…と感じていたんです。結果、語学留学に決めました。

語学留学するうえでどの国がいいのかについては、染野さんからいろいろ教えてもらいました。
オーストラリアであれば語学留学(学生ビザ)でもアルバイトができるということや、治安や気候がいいこと、時差も少なく、日本の家族や恋人、友人とも連絡が取りやすいこと、そしてシドニーにはワールドアベニューの現地サポートオフィスがあることも聞き、それなら安心だなと思い、オーストラリアのシドニーに決めました。

留学を決断してから英語の勉強はしましたか?

はい。留学を決断したのが2月、すでに仕事も退職していたので、出発までの約3ヵ月間は、アルバイトと勉強に明け暮れました。英語の勉強は、「基礎からやりなおそう!」と思い、「中1英語をひとつひとつわかりやすく。」という教材を買って、You tubeで見れる動画レッスンを見ながら勉強しました。

とてもよかったのでおすすめです!↓↓↓↓

2、シドニー空港の待ち合わせ場所がわからない!!

ホストファミリー
↑ホストファミリーの娘さん

あっという間の留学準備期間を経て、オーストラリアへの留学に飛び出しました。
到着したその日はとても緊張していて、最終的にはワールドアベニューのKitさん(日本人です!(笑))と無事会うことができたのですが、空港から出た直後は、ワールドアベニューの現地スタッフとの集合場所がわからず、空港の壁に「Meeting Point」とちゃんと書いてあるのに、気が付かずに何度も素通りしてしまったり、空港の外のタクシー乗り場まで行ってしまったり……、ぐるぐるシドニー空港内を周ってしまいました(笑)。
Kitさんと会えたときは「良かった!!!これで生きていける!!」と心から思いました(笑)。
最初は何もかも緊張つづきで、今となっては当たり前のことも当時はてんぱってしまって全然だめ。今はいい思い出です(笑)。

ワールドアベニューのオフィスでの到着時オリエンテーションを受けた後に、ホストファミリーのお家へ送ってもらいました。ホストファミリーは、62歳、イタリア出身のお父さんとインドネシア出身の37歳のお母さんという年の差カップルに9歳の娘さん、猫と犬が一匹ずつというお家でした。

ホストファミリーの食事
↑ホストマザーの料理

私も大人だったので、干渉されすぎず、ほどよい距離感で、ご飯もおいしく、とても居心地のよいお家でした。ただ、到着したばかりで英語に自信のなかった最初の4週間。日本人的な感覚も抜けず、何かと遠慮してしまったり、英語ができないことで、積極的になれなかったりした部分があったのはやや反省点です。

4週間のホームステイを経て、シェアハウスに引っ越しました。
ワールドアベニューでは、到着後1週間の間に、オリエンテーションを実施してくれます。銀行口座開設や、将来働くために必要な納税者番号の取得など、各種手続きを行うと同時に、ホームステイ終了後のシェア探しなどについても、教えてくれました。
例えば、シェア探しをする上で気を付けるべきこと、治安の良い地域、家賃の相場、シェア探しするときにお勧めの情報サイトの紹介などです。
オリエンテーションで教えていただいたことを元に、ピアモントという地域でよさそうなところを見つけ、下見に行きました。他のみんなは基本的に何か所か下見に行きます。ただ、私は最初に行ったところがよかったので、1回の下見で決めてしまいました。

ただ、ここでトラブル発生です(笑)。
私は当初、10人の女子部屋を希望していました。しかし、引っ越し当日、いざシェア先に行ってみると希望していた部屋が空いていないというのです。

「え?」「は???」と思っていると、女子部屋は空いていないけど、ここなら空いているから、ひとまずここに入ってといわれ、別の部屋を紹介されました。そのシェアは、男性4人、女性4人で日本人、スペイン人、ブラジル人、フランス人、オーストラリア人、コロンビア人が暮らしていました。日本人が男性、女性1人ずついたのですが、実は同じワールドアベニューから来ている方で、2人ともとてもモチベーションが高く、英語環境を作る上で妨げになるようなことは全くありませんでした。

3、トラブルもあったけど、最高に楽しんだ留学生活

シェアメイトと飲み
↑友人と共に飲みに行く!

当初の予定は大きく覆され、「そんなこと(引っ越した当日に契約した部屋が空いていない)なんてことがあるのか…」と、日本では起こりえないアクシデントに一瞬、驚いた私でしたが、最終的には、案内されたシェア先のメンバーがとてもよく、非常に楽しい生活を送ることができました。

まだまだ英語力の低かった私にとって、ハウスルールや家の使い勝手などを、多少日本語で確認できる環境には、本当に助けられましたし、偶然一緒に暮らすことになった日本人メイトの2人は、英語に対してとても真剣で、とてもいい刺激を受けました。

オーストラリアでの生活

1.初めてのBondi Beach
7.みんなとコアラ
8.フラットメイトと手作りピザ
6.部屋の特大バルコニー
15.ゾンビウォークに参加
4.初めてのBlue Mountain
17.天気がよければピクニック
16.フラットメイトとクラブ
20.友人宅でクリスマス
23.毎晩しゃべってたバルコニー
22.ハウスパーティー
21.フラットメイト全員でクリスマス
28.たくひろくんのFarewell
19.下手くそなバスケ
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他国のメンバーにはブラジルやコロンビア、フランスなどいろんな人がいましたが、俗にいうパーティーピープルな感じではなく、家での生活と外での生活をきちんと分けていてとても暮らしやすい環境でした。
シェアメイトはみんな仲良く、時折、みんなでご飯を食べたり、食事の後に一杯二杯とお酒を飲みながら、互いに苦労している英語のことや母国の家族のこと、恋人のこと、国によって異なる様々な文化や習慣のことを語り合ったりしました。

語学学校は、ダブルスクールプランと言って、語学学校がスタートして約3ヵ月間は2つの語学学校に通い集中的に英語力を伸ばし、4ヵ月目以降は、夕方に通っていた語学学校が終わり、昼間に通っている語学学校に通いながら、アルバイトや現地生活に比重を置いていくというプランでした。

1つ目の語学学校は朝8時半から午後4時半まで、2つ目の語学学校は午後3時から夕方6時までです。
1つ目の語学学校は、「読む」「書く」「聞く」「話す」の4技能、プラス文法や発音などをバランスよく学ぶことのできる語学学校で、2つ目の語学学校は「話す」「聞く」「発音」に特化した語学学校でした。

1つ目の語学学校に入学してから2週間は、もう大変でした(笑)。
語学学校の友達と
↑2つ目の語学学校JET English Collegeの友達と。

インターミディエート(中級)のクラスからスタートしたのですが、正直最初は「何もわからない」という感じでした(笑)。
文法はある程度、勉強しなおしていったものの、単語量が圧倒的に足りず、何を話しているのか全く分からなかったんです。教科書何ページ目を開けばいいかもわからないし、何を言われているのかがわからないので、ペアを組んで学んだ文法で文章を作りロープレをする、となっても、そもそも何をしたらいいのかわかりません。結果、私とペアになった子はグループワークが進みません。
2週間くらい経つと徐々に慣れていきましたが、最初はどうしたものかと思いました。

2つ目の語学学校では、とにかく聞いて喋ります。個々の英語レベルによってレベル分けをしてくれるので、勉強する内容自体は、適切なレベルなのですが、先生たちの英語を話すスピードがとにかく早いんです(笑)。これはネイティブスピードで英語耳をきちんと作り込むという目的のためなのですが、初めて授業を受けたときは圧倒されてしまいました。ついていくのに必死で、先生の話していることを繰り返せず、止まってしまうと、「授業を自分が止めている」という申し訳なさとくやしさとで、胸が苦しくなりました。
ただ、この強制的に喋るシステムと、くやしさのおかげで少しずつ少しずつ英語も伸びていきました。

語学学校の仲間たちと。

10.クラスのみんなとビーチバレー
18.毎週だれかのFarewell
11.クラスのみんなとビーチバレー
12.ピクニックという授業
5.わちゃわちゃJEC
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ダブルスクールは渡航して3ヵ月後の8月に無事終了。
ここからアルバイト探しをスタートさせましました。最初は履歴書作成と仕事探しです。
履歴書はテンプレートをワールドアベニューのスタッフさんからもらい、自分で作ります。作ったものをスタッフに提出し、修正してもらいます。それらを繰り返し、最終的に出来上がった履歴書を10枚、印刷しました。
「10枚以内で絶対に決める!!」自分の中にこんなルールを設けて、仕事探しがスタートしました。

最初はシェア探しの時と同じように、求人サイトを見ながら仕事を探していたのですが、WEB上だと返信がなかったり、実際の就労環境もよくわからなかったりしたので、「直接履歴書を持って行って配ろう!」と、配り始めました。

「日本食レストランで妥協はしない」と決め、臨んだ仕事探しは、履歴書8枚目にて身を結びました。
最終的に決まったのは、ダーリングハーバーにあるお土産屋さんです。
オーナーはイラン系の方で、職場には私を含む日本人(といってもカナダ出身)と中国人スタッフ2人、そしてオーナーがいて、お店を切り盛りしていました。
お客様にはいろんな国の方がいます。中国人、日本人もきますが、イタリア人、フランス人、タイ人など多種多様です。
仕事をスタートしてみて、日本で働いていた時には定型文の英語でしか接客対応できなかった私が、服のこと以外、また定型文以外、たくさんのことをお客様と話しました。それは「英語力が伸びている」ことを改めて実感した瞬間で、とてもとてもうれしかったし、楽しかったです。
もちろん、仕事なので当然ですが、英語力が低いことに対して文句を言われたこともありましたし、オーナーから厳しい指摘を受けたこともありました。オーナーの気性がやや激しく、そのことで悩んでいると、「辞めたら?」と言ってくれる友達もいました。お給料は、残念ながらそこまでよくなく、時給のよい日本食レストランの方が稼げるのでは?と思うこともありました。
しかし、学生ビザだった私は、ワーホリと違い2週間に最長40時間までという就労制限があり、そのことで働くことを断られたこともありましたし、滞在期間が短くなるなか、ここで辞めたら、ローカルでの仕事を見つけるのは至難の業だということを理解していました。それに、前職のアパレルといい、今回のお土産屋さんといい、小売業が好きなんでしょうね(笑)。仕事は大変でしたが、とても楽しかったんです。新しいコアラのお土産が入ってくるとそれを陳列棚に並べるのも楽しくて…、日本人のホスピタリティを見せてやりたいという、なんだか意地のような気持ちも感じていました。大変だけどやはりやり切りたいという気持ちが勝り、頑張って働き続けました。
最終的には、「厳しかったオーナーにも「また、戻ってきてね!」と言ってもらえるまでになり、大きな自信につながりました。

気が付けば、英語力もぐんぐん伸びていました。
初期のころは苦痛以外の何物でもなかった語学学校の授業内でのフリートークが、最終的にはとても楽しく待ち遠しくさえ感じましたし、先生たちとも他国の留学生の子たちとも冗談を言って笑い合えるようになりました。

最後は思い切り旅行!

25.Fijiにて船で乗り過ごした為突然のホームステイ
14.コアラ
13.カンガルー
26.New Zealand
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友人にも留学生だけではなくネイティブの友達が増えてきて、まだまだだけど、少しずつにレベルが上がっていることを感じています。できるようになってくると、もっともっとできるようになりたい!!そんな気持ちがどんどん強くなりました。

4、ワーホリでの再渡航を決断していたけど…

送別会
↑私の送別会

2017年2月に帰国、そして、今月(7月)、オーストラリアに戻ります。
「オーストラリアでもっと、働いてみたい!!」と思ったんです。2月に帰国し、少しお金を貯めるため派遣で働き、家のことやもろもろを整理し、オーストラリアに再出発を切ります。

ただ、ここでもいろんな誘惑がありました(笑)。
実は帰国してからの数ヶ月間、お金を貯めるために働いた派遣先で、大手外資系自動車会社がありました。英語を使う環境下での仕事で、仕事自体にもとてもやりがいがありました。その自動車会社の社員さんから、「うちで働く気はないか」というお声を頂いたんです。
もちろん、就職するには採用試験があり合格しなければいけませんが、やる気があるなら人事とも話を進めたいと言ってくださったんです。
この自動車会社は、アメリカ合衆国のシリコンバレーを拠点に、バッテリー式電気自動車と電気自動車関連商品を開発・製造・販売している自動車会社で、本社はアメリカのカリフォルニア州に構え、近年日本でも話題を呼んだ某S社の共同設立者およびCEOとしても有名なE氏がCEOを務める自動車会社で、なんとも魅力的な話に聞こえました。
ワーキングホリデーでオーストラリアに戻るべきか、自動車会社からの話を受けるべきか…、年齢もいい年だしな…、帰ってきてまたこんなお話しいただけるとも限らないしな…と、悩んだんです。

ただ、ここでもう一度冷静になって考えてみました。
「私は何に悩んでいるんだろう?」と考え、悩んでいそうなポイントを書き出してみました。
ただ書き出してみると…

・年齢→年齢が問題なんじゃない、年齢×経験値こそが大切。私はこれから自分をさらに豊かにする経験をしてくる。
・両親→元気。心配いらない。
・婚期→結婚したいの?したい人がいるの?→いない。
・仕事→自動車会社で自動車販売したいの?そもそも面接合格したの?→自動車販売がしたいかというと絶対ではない。いいお話しだったからなんなくもったいない感じがするだけ。そもそも面接、合格してない。


こんな風に書き出してるとやはり「留学したい」気持ちに気が付きました。
結果、自動車会社からのお誘いには丁重にお断りをいれ、留学することを再決意しました。

5、留学を悩んでいる皆さんへのメッセージ

オーストラリアンデーに友達と共に。
↑オーストラリアンデーに友達と共に。

悩んでいるということは、すでに「留学したい」ということだと思います。
本当に留学できない理由があるなら、そもそも悩んだりしません。したがって、自分自身で悩んでいる理由や行かない理由を書き出してみると、意外と大したことではないことに気が付きます。

留学しないと見えない世界や知らないことが山ほどあります。
留学しなくても、今が幸せなら、これでよかったんだと思うでしょう。
でも、留学しても「留学しなきゃよかった」なんて思いません。むしろ、「留学してよかった。しなければ…」と思うことの方が大半だと思います。

正直、留学はいつでも行けるわけではないと思います。
お金と時間と、勢いと、すべてが揃ったタイミングでなければ飛び出すことはできません。

留学先では毎日新しい学びがあり、毎日新しい刺激に溢れています。
プラスの経験もトラブルも、ネガティブな感情も、振り返るとすべてが自分の人生の糧になっていると感じます。

ワールドアベニューのスタッフさんは本当に皆さん、いい人ばかりです。日本の留学カウンセラーさんにも他のスタッフさんにも、海外の現地スタッフの皆さんにも、本当にお世話になりました。
支えてくれる人もいるので、勇気をもって踏み出してみてくださいね。

お名前:吉田 裕理様
留学期間:2016年5月から2017年2月
留学プログラム:オーストラリア 語学留学

  • New zealand education
  •  J-CROSS 留学サービス審査機構
  • JAOS一般社団法人海外留学協議会
  • English Australia
  • 東京都知事登録旅行業 第3-6137号

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